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神戸スポーツ映画祭!で再上映『KANO~1931海の向こうの甲子園~』  





台湾日本の歴史に光を当てた作品 日本凱旋上演!!  


1931年、
甲子園
に出場した
台湾高校野球部感動の実話、
「KANO 1931海の向こうの甲子園」


民族の壁を越えて
ひとつになったチーム。

ひたむきな姿と爽やかな プレーに
日本中が感動した実話!!


「嘉義農林」(かぎのうりん)の野球部は、日本人と漢族の台湾人、それに高雄の先住民という3つの民族の混成チーム。


民族の違う選手たち
一丸となって勝利を目指しました。



日本ハムファイターズの陽岱鋼の活躍などもあり台湾の野球ブームはヒートアップしています。


そんなルーツになったのが、この
嘉義農林高校野球部の甲子園での活躍ではないでしょうか


かぎのうりん=KANO 
そんな実話が映画化されました。


台湾と日本の歴史に光を当てた作品です。


魏徳聖(ウェイ・ダーション)
監督
がプロデューサーを務め、彼の日台三部作のトリを飾る作品として台湾で大好評だった映画が「KANO 1931海の向こうの甲子園」の邦題で、2015年1月24日から日本公開されました。



この作品は、
第9回
「大阪アジアン映画祭」のオープニング作品でした。


◆映画の背景

 映画の舞台は1920年代、台湾が日本政府に統治されていた時代に遡ります。この時代、日本の一部だった台湾の高校には全国中等学校優勝野球大会(のちの全国高校野球選手権)、いわゆる「甲子園」への出場資格があり、球児たちは台湾の地から夢の舞台を目指していました。

しかし、実態はどの高校もレギュラーのほとんどを日本人が占め、常勝チームとして甲子園に行くのは、いつも日本人のみで構成された「台北商業高校」だったのです。

ところが1931年、台湾予選大会に劇的な出来事が起きました。日本人と本土の台湾人、原住民による混合チーム「嘉義農林高校」の野球部が甲子園出場を決め、全国大会でなんと決勝戦にまで勝ち進んだのです! 
この奇跡の背景には、近藤兵太郎という日本人監督の存在がありました。その一球たりとも諦めないプレイスタイルは観衆の心をつかみ、日本中の注目を集めました。それぞれの民族の壁を乗り越えて涙と友情で団結したチームは奇跡を起こします。

「KANO」とは、嘉義農林の略称「嘉農」を日本語読みした当時の呼び名。映画はタイトルどおり、近藤兵太郎を中心にしたチームの成長と、栄光の軌跡を描きます。

参考:TAIPEI NAVI 台湾観光旅行ガイド 台北ナビより



台湾では20114年2月に公開。興行収入は60日間で3億台湾ドル(10億円)を超える大ヒットを記録。5月までロングランされ一度は劇場公開を終えましたが、9月からアンコール公開されました。
 


そして日本再上映!!
2016年2月20日~元町映画館(神戸市) 

日本の俳優陣は、
監督の
近藤兵太郎役に


近藤の妻を演じるのは、
こちらも実力派の
坂井真

そして 嘉義農林野球部が活躍した同じ時代、
台南にダムを作り英雄となった
八田與一技師役には
たかお

大沢は、映画「藁の楯」撮影のため台湾に滞在した際、台湾をすっかり気に入り、また八田技師に強い興味を持ったそうで、今回のキャスティングはなんと大沢側から制作サイドに連絡して志願したという。



もう一人の日本人キャストは、ロンドンを拠点に活躍するベテラン俳優・伊川東吾 馬志翔監督自らが彼の演技にほれ込んでオファーし、近藤の恩師を演じることになった。

さらに、試合シーンの実況を、文化放送ライオンズナイターでおなじみの斉藤一美アナウンサーが担当しているなど、野球ファンにとっても見どころ満載の映画といえそうですね。


鬼のようなスパルタ指導の一方で、当時は暗黙の格差があった日本人と台湾人に分け隔てなく接したという近藤兵太郎

深みのある野球人を、役者デビュー30周年の永瀬が演じました。



映画『KANO~1931海の向こうの甲子園~』
オフィシャルサイトhttp://kano1931.com/

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Posted on 2016/02/18 Thu. 20:03 [edit]

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