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がんばれ!「スマイルジャパン」バセドー病を克服!床(とこ)選手  

 


 アイスホッケー女子
『スマイルジャパン』


※これは2014年2月の再ポストです。

アイスホッケー女子「スマイルジャパン」。その中で守備の要となっているのが釧路市出身の床 亜矢可(とこ・あやか)選手、19歳だ。

実はここに至るまで、床選手は苦難の道を歩んできた。3年前、甲状腺の病気で体が思うように動かなくなってしまったのだ。 しかし、家族の支えを受けてリスクの高い手術に挑み、見事に復活。そして、いよいよオリンピックという桧舞台に立つ――。


 現在、法政大学1年生の床亜矢可(とこあやか)選手は、鉄壁のディフェンダーとしてスタメン入りしている。昨年2月のソチオリンピックを決めた試合で、ベストプレーヤーの1人に選ばれるなど、日本ディフェンス陣の柱で“守りの要”と言われる存在だ。

 18年間暮らした釧路での生活は、ほぼアイスホッケーに明け暮れていた。元日本代表だった父親の泰則(やすのり)さんのすすめで、4歳の時に、アイスホッケーを始め、中学生の時から日本代表に選ばれ“若手のホープ”と期待されてきた。ところが、3年前の高校1年の冬。まだ16歳だった床さんの体に突然の病が襲った。 

「シャープペンが持てない」「異常に喉が渇く」「身体がだるい」など突然の体調不良。床さんの体を襲ったのは、「バセドー病(甲状腺肥大)」という甲状腺機能亢進症のひとつで、疲れやすく、息切れが顕著になるという症状が表れる。歌手の絢香さんも、この病気のため休業した。

医師から告げられたのは「アイスホッケーをやめて、3年間の投薬治療すること」。幼い頃からの夢が、もろくも遠ざかっていった。

手術すれば早く直る可能性がある、でも10センチもの傷が残る、手術か投薬か。治療の選択肢は2つ

母の栄子さんは、「亜矢可は“少しでも早く代表に復帰したい”と、甲状腺の切除手術を希望しました。私は猛反対でした。もし手術をしたら、首に10cmほどの痕が残るし、薬で治るなら、無理にする必要はないと思ったからです」

口を開けば、けんかの日々。栄子さんが「長い目で見ようよ」と言えば、床は「お母さんはわかってない!」の一点張り。2人の言い分は平行線のまま、3か月が過ぎた。

 ある日、床から手紙を渡された栄子さん。そこには床の、口では言えない素直な気持ちがしたためられていた。

「本当はこのままが良い。でも、テスト勉強中とかに、あの時(手術を)しときゃ良かった、と思いたくない。逃げ場があると、本当に弱い人間だから、すぐ逃げたくなる。言い訳もしたい。病気のせいで失敗したこと、全てなすりつけちゃう。(中略)手術しないで後悔するなら、したいです」

母の栄子さんは「手紙を読んで、亜矢可の思いがすごく伝わってきて、ぐっときたというか。娘の覚悟を目の当たりにして、何があっても、親として背負っていこうと決意しました」。

6時間かけて手術に挑んだ。首元には大きな傷が残ったものの、結果は無事成功。昨年、日本代表メンバーに返り咲いた。




参考
STV「どさんこワイド特集」
女性セブン2014年2月20号




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Posted on 2017/02/13 Mon. 00:17 [edit]

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ありがとう羽生くん 「凱旋パレード」決定!仙台に行きた~い!  




羽生くんの凱旋パレード決定!仙台に行きた~い



 ソチオリンピックで金メダルを獲得した男子フィギュアスケートの
羽生結弦(ゆづる)選手を祝福しようと、来月26日に羽生選手の
「凱旋(がいせん)パレード」を行うことが決まりました


仙台市によればパレードは来月26日の午後1時半から午後2時にかけて、仙台市中心部の「東二番丁通」の北行きの4車線を通行止めにして行われます。

区間は、「東二番丁通」のみずほ銀行仙台支店前から仙台市役所前までのおよそ880メートルです。パレードでは、羽生選手がトラックに乗って姿を見せるほか、地元の高校生のマーチングバンドが演奏するということです。

 またパレードは、仙台市と宮城県、それに宮城県スケート連盟が実行委員会を作って行い、およそ5000万円になるとみられる費用は、羽生選手のスポンサー企業から協賛を募るほか、仙台市と宮城県の予算を充てるということです。


「フィギュア金メダル羽生くん 午後1時半スタート 仙台パレード」
http://ameblo.jp/osakalove50/entry-11834022127.html



仙台市の奥山市長は会見で「あれだけの大舞台で被災地であるふるさとの仙台・宮城を思いながら実力を発揮してくれた羽生選手の活躍を改めて喜び、大きな力をもらったことへの感謝を市民とともに伝えたい」と話していました。



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Posted on 2014/03/21 Fri. 11:00 [edit]

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《ソチパラリンピック》鈴木猛史が金メダル アルペン男子回転座位  






おめでとう!福島出身の鈴木が悲願の金メダル!


 ソチパラリンピックは大会7日目、アルペンスキー男子スラローム
回転の座って滑るクラスで鈴木猛史選手(駿河台大職)が金メダルを獲得しました。

 技術系種目の回転は、2回の合計タイムで競います。鈴木選手は、昨年のワールドカップで総合優勝を果たした世界ランクナンバーワンの実力を発揮。

1回目は、トップと1秒余りの差で2位につけましたが、2回目は、スタート直後のでこぼこに荒れた急斜面を直線的な滑りでうまくこなしてスピードに乗りました。

他の選手が板を横にして慎重に滑った最後の急斜面でも、弾むような滑りでスピードを落とすことなくゴールし、2回の合計で2位に2秒以上の差をつける1分53秒78のタイムで優勝しました。

鈴木選手は福島県出身の25歳。3回目の出場で初めての金メダル獲得、今大会では
滑降の銅に続く2つ目のメダルです。これで、日本の選手団は金3、銀1、銅2になりました。



 
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Posted on 2014/03/14 Fri. 11:00 [edit]

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ソチ閉幕。歴代2位の結果!選手にもっと支援を「若者支援は社会投資」  


 17日間にわたる雪と氷のスポーツの祭典「第
22回冬季五輪ソチ大会」が閉幕した。大会には史上最多の88カ国・地域から約2,900名が参加し、スキー・ジャンプ女子などの新種目を含む7競技、98種目で熱戦を繰り広げた。

日本選手団は1998年長野五輪の10個に次ぐ歴代2位、海外では最多の8個のメダルを獲得した。入賞者長野の33に次ぐ28を記録した。


内訳は金1、銀4、銅3個。フィギュアスケート男子の羽生結弦(19)が金メダルに輝き、スノボー界悲願のメダルも男女で獲得した。スノーボードの日本女子で初めてのメダルをつかんだ女子パラレル大回転の竹内智香(30)

 また、こんな記録も更新している。スノーボード男子ハーフパイプ2位の平野歩夢(15)は最年少メダリスト。ジャンプ男子ラージヒル2位の葛西紀明(41)は、最年長メダリスト。日本の冬季五輪メダリストの最年少、最年長記録を塗り替えた。

競技種目が増えて見応えのあった冬季五輪。スキーやスノボーで2者が同時にスタートし先着を争ったり、4者で競う競技などもあり、陸上競技のように追い越し追い抜かれのデッドヒートが楽しめるようになった。

カーリングアイスホッケーの団体戦も女子が出場し、日本人の好きな国別対抗戦の要素もあって、これまでより楽しめた人も多かったに違いない。

 しかし、スポンサーがつく華やかな競技とは別に皆、厳しい環境で競技を続けているのも事実。だから、競技団体とも良く相談した上で「スポーツ予算」の拡充をお願いしたいものだ。

サッカーくじTOTOの収益分配やスポーツ奨学金制度など、夢を追いかける若者たちを大人が支援することは、社会投資と考えれば数十億や数百億の予算など安いものだ。

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Posted on 2014/02/24 Mon. 15:00 [edit]

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本命なき戦い!フィギュア女子に世界が注目 真央スマイルが見たい  



 ソチオリンピックはいよいよ氷上の華
「フィギュアスケート女子シングル」が行われます。まずは、前半のショートプログラム(SP)から、エースの浅田選手が金メダル獲得に向けて好スタートを切れるか注目です。

日本から浅田選手とベテランの鈴木選手、それに19歳の村上佳選手の3人が出場――。

このうち、前回のバンクーバー大会で銀メダルを獲得した浅田選手は、今大会に向けて4年間、基礎の技術から見直して練習を重ねてきました。

 NHK-BSドキュメンタリー「最後の闘い ~女子フィギュア 浅田真央~」で紹介していましたが、

身体の成長過程でフォームのバランスが崩れ、ジャンプの成功率は年々下がり、それは他の演技にもよくない影響を及ぼしていた。そこで目指したのが、スピードに乗って流れるように跳ぶ “新しいトリプルアクセル” だった。 

前回五輪後、佐藤信夫コーチと基礎スケーティングを繰り返した。助走スピードを上げ、身体の軸がぶれないよう肉体改造にも取り組んだ。番組は、そうしたラストシーズンの闘いに密着していた。


真央 アクセル21本中14本 成功率67%


 最新の情報をスポーツ紙によれば、浅田は、15日にアルメニア合宿から戻ってから、トリプルアクセルを計21本で14本成功、約67%の高確率を誇ってきた。5日のソチ入り後から、8日の団体戦前までの練習では、18本中9本の50%だったという。

直前の下馬評では、韓国のキムロシアのリプニツカヤの戦いになるとも言われているが、その分、余計なプレッシャーがかからなくて良いかもしれない。


演技の基礎点では優位に

3人の基礎点(ジャンプ、ステップ、スピンなどの要素点)を見ると、SPとフリーの合計では順に

浅田103・85点、
キム92・15点、

リプニツカヤ94・34点(スピン、ステップで最高難度を獲得した場合)。

2本のトリプルアクセル、フリーに連続3回転を組み込む浅田が他の2選手をリードしているが、それを演じきれるかは別問題。失敗ジャンプで大きく減点される場合もある。まずは、SPでリードしてプレッシャーをかける展開に持ちこみたい。

フリーでは当初予定のアクセル2回を封印して1回とし、五輪史上初となるアクセルを含む全6種類の3回転ジャンプを跳ぶ。その数は誰もなしえなかった8回。“エイト・トリプル”という大きな賭けが、金メダル奪取のシナリオとなる。


いずれにしても勝たせてあげたい!祈るような気持ちだ!


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Posted on 2014/02/19 Wed. 10:00 [edit]

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感動!ジャンプ竹内の涙の会見 難病を告白  




難病と闘いながら挑んだ大会
 

 奇しくも長野五輪と同じ2月17日に16年ぶりのメダルを獲得した日の丸飛行隊だったが、その中のひとり
竹内択選手は、試合後の記者会見で、重い病気を抱えながら大会に臨んでいたことを明らかにしました。

竹内選手は先月、ワールドカップ遠征中に高熱やせきが止まらなくなって緊急帰国し、血管障害の難病の可能性が高いと診断を受けたということです。

 竹内選手によりますと、この病気は「チャーグ・ストラウス症候群」という、120万人に1人がかかるといわれる難病で、40度近い高熱やぜんそくの発作などの症状が出るということです。一時は歩くのもフラフラの状態だったという。

 スポーツ紙などによれば、竹内選手は今年1月に肺炎にかかったとして2週間の入院生活を送っていたが、実際は難病を患っており、「結果を残してから公表しようと思っていた」という。投薬治療で顔には吹き出物ができ、筋肉はそげ落ちた。それでも病室で少しでも体力維持に努め、感覚を忘れないように助走姿勢を組んだ。およそ2週間の入院で症状は改善しましたが、今も薬を飲みながら治療を続けているという。

 会見で竹内選手は「メダルを獲得したら、病気を公表しようと思っていました。家族の支えや病院の支えがあってオリンピックの舞台に立てた。ジャンプチームのみんなに感謝しています。同じような病気と戦っている人に勇気を与えられたらうれしい」と涙を浮かべて話していました。

困難と闘う男たちに勝利の女神は微笑んだ。


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Posted on 2014/02/18 Tue. 13:00 [edit]

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日の丸飛行隊銅メダル 虹かかるブロンズ放物線 4大会16年ぶり!  





 ジャンプ男子団体ラージヒルは、ルスキエ・ゴルキ・ジャンピング・センターで行われ、レジェンド・葛西紀明(41)のラージヒル(LH)銀メダルで勢いに乗る日の丸飛行隊が3位に入り、98年長野五輪以来、16年ぶりにメダルを獲得しました。



日本は1回目、葛西がK点を超える134mの大ジャンプを見せるなど、3位で2回目に進出。2回目も日本勢が次々と130mを超える大ジャンプを見せ、最後は葛西が貫禄のジャンプでメダルを確定させました。

一番手にLH9位の清水礼留飛(20)、二番手は同13位の竹内択(26)、三番手に同10位の伊東大貴(28)、大トリに葛西という最強布陣で大一番に臨んだ団体戦は、W杯のポイントランキング上位の12カ国で争われ1か国4人が2回ずつ飛び、8回の合計点で争われる。1回目の上位8カ国が2本目に進める。

1番手の清水礼留飛(20)は1回目、132・5mで127・8点。2回目は131・5mで132・6点。
2番手の竹内択(26)は1回目、127mで117・9点。2回目は130mで120・5点。
3番手の伊東大貴(28)は1回目、130・5mで130・3点。2回目は132mで127点。
4番手の葛西は1回目、134mをで131・5点。2回目は134mで137・3点。

金メダルはソルトレーク大会以来、3大会ぶりにドイツ。銀メダルは3連覇を狙ったオーストリアでした。


葛西選手 本当にうれしい
「みんなが頑張ってここまで来たので、どうにかしてメダルを取らせてあげたいと思っていた。メダルの色は関係ない。メンバー一人ひとりが力を合わせてメダルを取ることができて本当にうれしい」と涙を浮かべながら話していました。

伊東選手 痛いと言いたくなかった
「膝に痛みがあったが、競技が終わるまでは痛いと言いたくなかった。なんとかメダルを取りたいと思っていて、精いっぱい頑張ることができた。後輩と先輩に感謝しています」と時々、ことばを詰まらせながら話していました。

竹内選手 精いっぱいのジャンプできた
難病と闘う竹内は、「オリンピックが開幕する前に病気で入院したときは出場できないんじゃないかと諦めかけましたが、小さいころからの夢だったオリンピックでメダルを取るという思いで頑張りました。メダルを取らせてもらったという思いが強いですが、今できる精いっぱいのジャンプはできたと思います」

清水選手 ものすごくいい経験に
メンバーで最年少、20歳の清水礼留飛選手は、「最初に飛んだことはものすごく緊張しました。今できるいいジャンプができたと思うしものすごくいい経験になったオリンピックでした。僕の力ではなく、先輩たちが苦労して頑張ってくれたおかげで取れたメダルだと思います」


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Posted on 2014/02/18 Tue. 11:16 [edit]

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ロックな男ジャンプの葛西が銀の大飛行!夜空に朱雀が舞う  



 ロシア・ソチのルスキエゴルキ・センターで金の朱雀が夜空に舞った。美しい飛行だった。結果は銀だったが、最年少でW杯を制した男が、今度は五輪で
最年長のメダルを獲得した。



 ソチ冬季五輪ジャンプ男子ラージヒル(LH)決勝は、7度目の五輪出場となる葛西紀(41)=土屋ホーム=が1本目139メートル、2本目133.5メートルを飛び合計277.2点で銀メダルを獲得した。

団体で銀を取ったリレハンメル以来、20年ぶり。葛西の個人メダル獲得は初で、日本がスキージャンプでメダルを獲得するのは、98年の長野五輪以来、4大会ぶりとなる。

 まさに、日本ジャンプ界が存在感を示す“ロック”な男の気迫の飛行だった。五輪用に用意した四神・朱雀を金箔であしらったヘルメットが光り輝いていた。

日の丸飛行隊は、
伊東大貴(28)=雪印メグミルク=1本目137.5m,2本目124m,合計252.5点で9位
竹内択(26)=北野建設=1本目132.5m,2本目122.5m,合計249.3点で13位
清水礼留飛(20)=雪印メグミルク=1本目130m,2本目134.5m,合計252.2点10位

全員が、団体のメダルに向けて期待がかかる成績だった。なお、金メダルは合計278.7点でポーランドのストッフが獲得し、NHとLHで2冠を達成した。

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Posted on 2014/02/16 Sun. 12:00 [edit]

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男子ジャンプ 葛西1本目2位!メダルなるか!飛んでくれ葛西!  




 男子ジャンプのラージヒル(LH)決勝が行われ日の丸飛行隊は、全員が決勝に出場した。期待の葛西紀明(土屋ホーム)は、最後から3人目の48番スタート。強風でスタート時間は遅れたが、葛西は1本目139メートルの最長不倒タイ記録をマーク。2.8ポイント差の2位で2本目に臨む。金メダルなるか!葛西!



 先月の1月11日、オーストリアで行われたW杯第14戦(フライング大会)において葛西紀明が自身通算16回目の優勝を決めた。もちろん「41歳での最年長優勝!」という結果も凄いが、それ以上に優勝を決めたあとに起きた出来事が素晴らしいものだったと現地で取材した記者は語る。

 優勝を争ったライバルであるオーストリアやスロベニアのコーチが、葛西が優勝を決める大ジャンプをした直後に弾けるような笑顔で喜びを表し日本の横川ヘッドコーチを祝福した。日本のスタッフ以上に喜びを爆発させたコーチもいたという。他国の選手の勝利に対し、あそこまでコーチ達が喜ぶのは前代未聞の出来事だ。

 ここ最近ではほとんど見られない「飛型点20点満点」をドイツの審判員が出したのも、完璧なジャンプ内容に対する正当な評価であると共に「彼の競技生活に対するリスペクト」のような気がしたと記者は語る。
【葛西紀明選手が起こした奇跡~W杯史上最年長優勝】

大ジャンプをし、テレマークを決めて葛西の優勝が決まった瞬間に各国の選手たちがアウトランに流れ込み葛西を祝福。選手たちのなかには、帽子やヘルメットを取って最敬礼する選手もいたという。ジャンプ界における「カミカゼ・カサイ」がいかに「レジェンド」な存在であるかを、改めて思い知らされる出来事だ。

 葛西は、1992年のアルベールビルオリンピックに19歳で初出場。以来、リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノ、バンクーバーと史上最多計6回の冬季オリンピックに出場した。41歳で、実に7度目の選出である。冬季五輪では世界でも史上最多出場となる。


❑リレハンメルの悲劇から長野

 22年前のリレハンメル五輪。団体戦に葛西は出場、金メダルは目の前だった。ジャンプ団体で7人が飛び、よほどの大失敗ジャンプでもない限り金メダルが確定している場面で、当時の“エース”原田は最後の一本を飛ぶことになった。札幌以来のお家芸、団体では初の金メダルが目の前にあった。

K点(120m)まで飛ぶ必要もなかった。105m以上飛べば日本の優勝が決まるはずだった、ところが原田は、まさかの失敗ジャンプで97.5mに終わり、銀メダルとなった。「リレハンメルの悲劇」。当時若手の葛西は耐えるしかなかった。

そして4年後の長野。“日の丸飛行隊”が団体で金メダルを取ったとき、葛西はジャンプ台の横にいた。直前に左足首を痛めメンバーから外れたからだ。この時も"感動の金"の一員になることはできなかった。日本中が歓喜した光景は吹雪と涙でかすんで見えた。

「4年に1度、五輪が近づくと、あの映像が流れる。悔しくて仕方ない」

94~95年シーズンには着地で転倒し鎖骨を立て続けに2度折った。葛西ほどの男でも恐怖心がぬぐえるまで10年を要したという。

 今回の五輪用ヘルメットには、四神の朱雀(すざく)を金箔であしらった特別のヘルメットをつけて臨む。葛西紀明41歳、大空の輝く一番星になれ朱雀のように大空を舞え


○つづきは・・・
ロックな男ジャンプの葛西が銀の大飛行!夜空に朱雀が舞う

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Posted on 2014/02/16 Sun. 04:00 [edit]

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「震災からの復興に役立ちたい」金メダルの羽生【フィギュア男子】  


 ソチオリンピック、フィギュアスケートの男子シングルで金メダルに輝いた
羽生結選手(19)は、試合後の記者会見で、東日本大震災で出身地の仙台市が被災した経験に触れ、「復興に役立ちたい」という強い思いを口にした。

冬季五輪でトリノの荒川静香以来、2大会ぶり通算10個目の金メダルをもたらした羽生選手は、3年前に仙台で被災している。自家発電のわずかな電灯が灯る体育館で過ごした。羽生選手は会見で、報道陣から試合後にあまり笑顔を見せない理由を問われて、「金メダルの実感が沸かないこともありますが、震災からの復興のために自分に何ができたのか分からない。複雑な気持ちです」と答えた。

そして、震災の当時を振り返って、「スケートができなくて、本当にスケートをやめようと思いました。生活するのが精いっぱいというなかで、大勢の人に支えられてスケートを続けることができました。金メダルを取れたのは、被災した人たちや支えてくれた人たちの思いを背負ってやってきたからです」と語った。

そのうえで今後について、羽生選手は「将来、プロになったとき、震災からの復興のために何かできればと思っています。金メダリストになれたからこそ復興のためにできることがあるはずです。これがスタートになると思います」と真剣な表情で話した。

彼の金メダルは、今なお復興のために戦い続ける被災地の方々と日本を元気付けたことに違いない。

ありがとう!羽生君。


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Posted on 2014/02/15 Sat. 08:38 [edit]

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