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ロッキーズの新人左腕、クアーズ・フィールドで野茂氏以来の快挙逃す  




ロッキーズの新人投手カイル・フリーランドが、現地9日のホワイトソックス戦で、9回あと2人というところでノーヒッターを逃した。

フリーランドはこの試合3回まで走者を出さず、4回に死球、6回と7回に3四球を与えたが併殺などで無得点に抑えた。しかし、9回1死後、ホワイトソックスの2番メルキー・カブレーラにレフト前安打を打たれ、無安打無得点記録を逃した。

快投を演じた左腕は、4月にメジャーデビューした24歳。今季18試合目の登板でクオリティースタートが11試合の9勝7敗、開幕から6月頃までロッキーズ首位発進をけん引してきた。



この試合では、126球(ストライク80)を投げて相手打線を1安打、4四球に抑えたほか、自己最多となる9個の三振をすべて空振りで奪った。防御率3.77、WHIP1.40、奪三振65。

これまでロッキーズの投手では、2010年4月17日にウバルド・ヒメネスがブレーブスの本拠地で無安打無得点試合を達成しているが、本拠地のクアーズ・フィールドでノーヒットノーランを達成したのは、1996年9月17日にドジャースの野茂英雄氏のみとなっている。


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Posted on 2017/07/10 Mon. 17:32 [edit]

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侍ジャパン対アメリカ戦の始球式は野茂英雄氏とトミー・ラソーダ氏  



第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準決勝、アメリカ対日本戦の始球式を元ドジャースやレッドソックスなどで活躍した野茂英雄氏と元ドジャースの名監督で野茂氏の恩師でもあるトミー・ラソーダ氏が務めることが発表された。

野茂氏がメジャーリーグに挑戦したドジャース1年目の監督がラソーダ氏。監督時代の背番号「2」はチームの永久欠番。1997年にアメリカ野球殿堂入り、2006年にはカナダ野球殿堂入りの栄誉を受けた。



2005年、アメリカのプロフェッショナル・ベースボール・スカウト基金(PBSF)は、「20世紀最高の監督」にラソーダを選出、と同時に06年以降、「トミー・ラソーダ賞」を創設、毎年、最高の監督に対して同賞を贈ることを決定した。

日本の野球ファンにもなじみが深く2001年には近鉄のスペシャルアドバイザーとなり、ドジャースの若手有望株選手を日本に送り、その年に近鉄はパ・リーグを制している。近鉄ファンだったので印象深い。

親日家でもあり08年には長年にわたる日米の野球交流の功績から、旭日小綬章が贈られている。

野茂英雄

野茂英雄は説明するまでもなく日米の野球に橋を架けた海を渡った野球人だ。数々の功績は、ここで今さら書くこともないだろう。近鉄の1年目か2年目に大阪のゴルフ場で一緒に写真を撮ってもらった。懐かしい。

日米両国の野球に深くかかわった人物が選ばれたことになる。


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Posted on 2017/03/21 Tue. 04:36 [edit]

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安定感の岩隈が15勝目、チームを3連勝に導く力投  



 シアトル・マリナーズの岩隈久志投手が現地9日、敵地で行われたオークランド・アスレチックス戦に今季29試合目の先発登板。7回途中、2失点のクオリティスタートで、メジャーキャリア最多に並ぶ15勝目(11敗)を飾った。

 シーズン15勝は2014年と並ぶ自己最多タイ。日本人投手で15勝以上を複数回記録したのは、野茂英雄(ドジャース)の3回、松坂大輔(レッドソックス)の2回に次ぐ3人目。メジャー通算62勝36敗。日米通算169勝105敗。

 ストライク先行でゴロアウト8、フライアウト2という岩隈のスタイルが戻った。序盤は走者を背負ったが、4回まで二塁を踏ませず。速球とスプリットのコンビネーションでアスレチックス打線を攻めた。5回に1失点、7回にも1点を失ったが、青木宣親の今季2号ソロなどで打線が援護。

 6回2/3を投げて102球(ストライク70)、7安打、5奪三振、1四球、2失点(自責2)で白星を手に入れた。

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 地元紙「タコマ・ニューストリビューン」電子版によれば、岩隈は「先発投手は5日に1度しか投げられないけど、自分が先発する日は、持てるものすべてを出し切りたい。今日は全力を出し尽くしたと思う」とコメントしている。

 防御率3.96、WHIP1.29はこれまでの平均より悪く、BB/9もこれまでの1.79を上回る1.95とスタッツ的には気になるところだが、ローテーション1番手のフェリック・ヘルナンデスなどが故障離脱した今季。その先発陣を岩隈が支えたのは事実。彼の安定感は絶賛してあげてもいいだろう。

2013年以来のシーズン200イニングも見えてきた。



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Posted on 2016/09/11 Sun. 07:00 [edit]

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野茂が米野球殿堂に日本人初ノミネート!  





野茂がアメリカ野球殿堂に日本人初ノミネート


 米野球殿堂(National Baseball Hall of Fame)は26日、2014年の殿堂入り候補者36人を発表し、米大リーグのドジャースなどで活躍した野茂英雄氏(45)が日本人選手として初めてノミネートされた。 


 殿堂入りは、原則として大リーグで10年以上プレーし、現役引退から5年経過後に資格を得る。全米野球記者協会(BBWAA)に10年以上在籍する記者による投票(最大10人)で、75%以上の票を得ることが条件となる。その年に選ばれなくても5%以上の票を獲得すれば、最長で15年間、候補者として残る。 


新たに候補入りしたのは、野茂氏や通算355勝を挙げた
グレグ・マダックス氏(47)ら19人。


そうそうたるメンバーが名前を連ねているが、ブレーブスなどで活躍したマダックス氏は1992年から4年連続でサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)を獲得。17年連続で15勝以上をマークするなど精密機械のような制球が持ち味だった。最優秀防御率 4回。ゴールドグラブ賞 18回。


そのほかに通算305勝の
トム・グラビン氏、通算521本塁打のフランク・トーマス氏らが含まれた。13年の選考から残った17人を合わせた36人が選考対象となる。


野茂は近鉄から1995年にドジャース入りし、この年に最多奪三振(通算では2度獲得)と新人王を獲得。その後、ノーヒットノーランを2度達成するなど、メジャー通算123勝109敗、防御率4・24、1918奪三振の成績を残して08年に引退した。


米野球殿堂入りの一つの目安は投手では300勝以上とされ、ハードルは高い。「メキシコの怪童」と呼ばれた173勝の
フェルナンド・バレンズエラ氏も入っていない。前回(今年の1月)の投票では、17年ぶりにひとりも選ばれなかった。ちなみに、その時の最多はアストロズ一筋で通算3060安打を放ったクレイグ・ビジオ氏の388票(68・2%)だった。


余談だが、前回は大リーグの禁止薬物使用の実態を調査した「ミッチェル・リポート」で名前が挙がった
バリー・ボンズ氏、ロジャー・クレメンス(通算354勝)両氏がノミネートされ投票結果が注目された。


ジャイアンツなどで通算762本塁打の大リーグ最多記録をマークしたボンズが9位の36・2%。クレメンスが8位の37・6%。両氏と同じくノミネートされ、薬物疑惑が報じられたことのある通算609本塁打の
サミー・ソーサは17位だった。


123勝の野茂は通算記録では及ばない。今回選ばれる可能性もないと思われるが、
名を連ねただけでも偉大なことであり、日本選手のパイオニアとしての功績が評価されている証左といえるだろう。結果は来年1月8日(日本時間9日)に発表される。



アメリカ野球殿堂
「野球殿堂」は殿堂博物館とその関連施設だけでなく、そこに名前を刻まれた選手、監督、コーチ、審判、そのほか野球の発展に寄与した人々の記念碑的な意味合いもある。
1936年にタイ・カッブ、ベーブ・ルース、ホーナス・ワグナー、クリスティ・マシューソン、ウォルター・ジョンソンの5人が初の殿堂入り選手に選ばれてから、2013年度の表彰が終わった時点で72人の投手、165人の野手、20人の監督、10人の審判員、33人の野球発展貢献者の合計300人が殿堂に名前を刻んでいる。






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Posted on 2013/11/27 Wed. 17:00 [edit]

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トルネードで野茂が始球式。「仲間のために道を開拓した人」ドジャース  




開拓者を称え始球式に登場!  



現地8月10日、日本の野球選手にメジャーへの扉を開いた野茂英雄氏が、ドジャースタジアムで始球式を行った。

いまMLBでは多くの日本人プレーヤーが在籍しているが、そうした野球選手のために“BLAZED THE TRAIL ”「開拓者」とドジャースの公式サイトは伝えている。


野茂は口下手だから、メディアにあまり登場しない。
だから、ニュースで彼の顔を見て懐かしかった。まだ44歳らしい。トルネードにワクワクしたのが遠い昔のようだ。



大阪生まれで大阪育ち、阪神ファンでもない南海でもない弱小球団『近鉄バッファローズ』のファンだった。

4番土井正博の時代、それから西本さんが阪急から監督に。仰木監督時代も好きだった。そして野茂がエースだった時代

今は更地になったが日生球場やホームだった藤井寺にはひとりでも応援に行った。

息子たちは大阪ドームに仲間のチームメイトと通っていたが、なんせ大阪球場のライトスタンドであの有名な 『江夏の21球』を目撃しましたから。

背番号「11」。といえば僕の中では永遠に野茂英雄さん、あなたです。


 

【NPB】
 5年 139試合 78勝 46敗  1204K
【MLB】 12年 323試合 123勝 109敗 1918K
【日米通算】 201勝155敗1S 3122K


【主なMLBタイトル】
最多奪三振2回 (1995・2001)
新人王 (1995)
オールスター先発 (1995)
AL/NLの両リーグでノーヒットノーラン(1996・2001)






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Posted on 2013/08/11 Sun. 11:00 [edit]

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